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zoom RSS 揖宿神社

<<   作成日時 : 2017/10/12 21:27   >>

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開聞岳の噴火により被災した枚聞神社を避難遷宮し

「開聞新宮九社大明神」と称されたことも。

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豊富な緑の中に鎮座しています。

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もともと大木が多かった境内に
開聞岳のクスも3本
遷宮の際に植樹されたそうです。

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御影石の鳥居は
石造の鳥居は肥後国の石工
岩永三五郎の作とか。

岩永三五郎は
肥後種山の石工の中心的人物で
彼が造った雄亀滝橋は日本で初めての水路橋で
通潤橋の見本となりました。

岩永三五郎は鹿児島でも活躍して
甲突川五石橋を造るなど三十七の眼鏡橋を架橋しています。
薩摩から肥後へと帰る途中
薩摩藩の内情を知りすぎたために
刺客に襲われます。
しかし
彼の人柄をよく知っていた刺客は
どうしても彼を殺すことが出来なかったそうです。
鹿児島から肥後に帰ってきてわずかに二年後
五十九歳でその生涯を終えました。
鹿児島での重労働がこたえたのでしょうか?
話が脇道にそれました・・・
この話は別の機会に・・・

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由緒を見てみましょう。

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大日孁貴命(天照大御神)を主祭神とし
相殿に御子神(天之忍穂耳命・天之穂日命・天津日子命・活津日子根命・
熊野久須毘命・多紀理毘売命・狭依日売命・多岐津比売命)を合わせ祀り
摂社に東之宮(彦火火出見命)・二龍宮(和田都美命)・聖宮(塩土翁命)・
懐殿宮(昭美日月命)・西之宮(天命開別命)・姉姫宮(豊玉姫命)・
天井宮(玉依姫命)・荒仁宮(大己貴命)を祀っています。
主祭神と摂社8柱の神をあわせて「開聞新宮九社大明神」。

慶雲3(706)年
この地に行幸された
天智天皇の神霊・遺器を奉じて
「葛城宮」が創建されました。
貞観16(874)年の開聞岳の噴火により
被災した枚聞神社を避難遷宮し
「開聞新宮九社大明神」と称するようになりました。
明治になって「揖宿神社」と改称し
今日に至っています。

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鳥居をくぐると
随身殿。

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随身殿の天井は

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すばらしい天井絵。

牧聞神社は勅使殿に天井絵があったようですが・・・
http://tor5555.at.webry.info/201710/article_3.html
どちらも美しい天井絵を普通に見ることができます。

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手水鉢を寄進した調所笑左衛門。
薩摩藩の家老ですね。
破産寸前の薩摩藩の財政を立て直した家老です。
「借金踏み倒し」に近いことをやったり
琉球を通じて清と密貿易を行なったりしたことが
薩摩藩の財力アップとなり
明治維新につながったとも・・・

ただ出し渋るだけでなく
甲突川五石橋建設などの投資も行っています。
ここで
肥後国の石工岩永三五郎とつながりました。

密貿易では
殿様湯でも登場した濱崎太平次とも深く結びついていたようです。
「おぬしも悪よのう!」

二人で私腹を肥やした訳ではないようで
地元貢献をされているそうです。

でも
評判は良くないですね。
厳しい改革による反発や
妬みもあったのでしょうね。

薩摩藩の負の部分を一身に背負い
密貿易が幕府に発覚し
その責めを負って自決します。

そして
現存する社殿は調所広郷を重用した
島津斉興によって建てられたものだそうです。

自決は島津斉興に責任を及ばさないために
1人で罪を被ったとも言われています。

歴史ある神社にある
貴重な物から
興味深い話につながりましたね。

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ただしく参拝。

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勅使殿。

牧聞神社を少し小ぶりににした感じですが
社殿の感じは似ていますね。

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彫刻も見事です。

指宿の総氏神として
航海安全、諸業繁栄の守護神として崇敬されています。

こんな石が

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おもかる石
少し重い!

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この社殿は
弘化4(1847)年に薩摩藩主の島津斉興が建造したものだそうです。

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舞殿天井に描かれた126枚の花木蒔絵。

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庭園もあります。

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最近よく見かける
恋愛成就の鍵。

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すみません
いろいろとあって
何が何だか分からなくなりました。

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そして
神馬。

雰囲気は
やはり
牧聞神社に似ています。

狛犬さんは指宿ではお会いしていません。

鹿児島や宮崎には
「田の神さあ」という石仏があります。

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「田の神さあ」=「田の神さん」

田の神は
冬は山の神となり
春は里におりて田の神となって田を守り
豊作をもたらすと信じられています。
「田の神」を石に刻み
豊作を祈願する風習は
この地方独特の文化らしいです。

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揖宿神社前の田の神です。
ムクノキを神体としています。
これは樹木に田の神が宿ると伝えられている珍しい事例。
田の神の石像が作られる前の信仰のかたちを伝えるものだそうです。

薩摩の繁栄を支えてきた神様ですね。
そして幕末の薩摩藩の歴史が垣間見える
神社でした。



揖宿神社
鹿児島県指宿市東方733
TEL 0993-22-4052
http://www.ibusukijinsha.com/

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